その大きな手に触れられることは嫌いじゃない。
厚いマントの向こうからじんわり広がる、人よりも高い体温は心地良かったし、
金の刃物のような視線とは裏腹にその手はいつも優しく、
何より他の人間のように、興味本位で触れたりしないから。
 
暖かな手には、異形と呼ばれる姿への悪意も好奇心もなかった。
風を読んで旅を続ける黄金色の目には、
身の裡の何処かを酷く共鳴させる気配があった。
逞しい膝を占領して、日差しを反射する黄金色を眺めていると
彼を示して王と言う透明な声を思い出す。
 
…そういえば、自分はこの存在の名前を呼んだことが一度も無いのだ。
何故だかそれは、あの人だけに許されているものであるように思って、
けれど。
 
「なあ、」
 
見上げて問えば、感触を楽しむように頭を撫でていた手がふと止まる。
逸らされる事の無い視線は、睥睨しているようにすら見えるが
そうではないのだと知っているから恐怖もなかった。
 
「…名前、呼んだら怒るか?」
 
唐突な質問に戸惑ったのだろう。
表情の変わらないまま少しだけ首を傾げる仕草。
触れてもいいか、とはじめて尋ねたときと同じだった。
 
あのときも、人間の手の届く処になど寄り付きもしないこの王様が、
気づけば随分と近くで自分を眺めていて。
少なくとも嫌われている訳ではないと知っていたから
駄目元で口にした我侭を甘受したときも確か彼はこんな風に。
 
「…好きにしろ。
 不快ならば、止める」
 
甲高さのない声がそう答えた。
あのときもし、自分に通じる言葉を持っていたなら
きっと同じ風に言ったのだろう。
 
少しずつ距離を詰めたくて問い掛ける度、
それを甘んじて受ける表情の無い顔は何を思っているのか。
ふと聞いてみたい衝動に駆られるが、考えてみれば
言葉よりも雄弁な手段を互いに持つ身では
今更改めて何を求める必要もないのだ。