街の片隅で泣いている人
誰に泣かされたんだろう?
自分に腹が立ったの?

  
  抑え気味のドラムの音は、傘を叩く雨の音。
  土砂降りではなく、霧雨でもなく、朝からずっと降り続いている雨。
  
  街は夜の始まり。
  行きかう傘の群れの向こうに、ふとずぶ濡れの人を見る。
  傘も差さずに座り込んで泣いている。
  人は一瞬だけその子の方を向いて、そしてまた通り過ぎる。
  道の真ん中で立ち止まった自分を酷く迷惑なモノを見る目で見て、
  誰かがわざと突き飛ばして行った。
  

この街は何かと気を使うから
我慢出来なかったんだろう
思い切り泣きなよ

  
  そこで、その子に傘を差しかけてあげられでもしたら格好良かったのかもしれない。
  だけどそんな安っぽいドラマみたいな事は自分には出来ずに、
  ハンカチも傘も貸してあげることはなく、人の流れに乗って結局歩き出してしまった。
  
  心の中でだけ呟く。
  思い切り泣けばいいよ。
  明日はきっと晴れるよ。
  明日が雨でも、その次の日はきっと晴れるよ。
  だから今日は泣きなよ。
  

どうか あなたが 幸せでありますように
どうか 明日は 幸せでありますように

  
  明日のあなたに幸せがあるように願う。
  名前も知らないあなたの涙が、明日には乾いているように願う。
  きっと五分もすれば忘れてしまう願いだけど、
  誰も、その子さえ知らない願いだけど、
  それは確かにそこにあった。
  
  今日は久しぶりに、故郷に電話でもしてみようか。
  

もしもし
俺だけど
ああ
元気だよ
そっちはどうだい?

  
  呼び出し音は3回。
  懐かしい声に思わず緩む涙腺に、想像以上に痛めつけられていた自分を知った。
  

今の仕事かい?
楽しいよ
歌ってもんに生かされてるのが
よくわかるよ

  
  歌っているよ。
  歌っているよ。
  毎日毎日歌っている。
  歌いたくない日もあるけれど、しかたないさ。それで稼いでいるんだ。
  どんなに落ち込んでいたって、嘘っぱちの歌詞だって、それに生かされているんだ。
  
  歌いたいときに歌いたい歌を歌うような生活なんて、夢の中にしかなかったよ。
  

そうだね
今日は
綺麗な星空だ
そっちは凄い流れ星だろう?

  
  小さな小さな嘘をついた。
  窓の外は曇り空で、そうでなくたって街の灯りで、星なんて見えたためしがない。
  
  だけど認めたくねえんだ。
  星なんかないよって言ってしまったら、
  本当に見えなくなってしまうような気がすんだ。
  「どうせ見えねえんだ」って空を見上げない癖が、
  いつかついちまう気がしてるんだ。
  

次はいつ
顔が見れるのかな
近いうち会えるように
流れ星に祈ろう

  
  顔を見てしまったら泣いてしまいそうで、
  帰ってしまったら根が生えそうで、
  そのままどっかの会社に就職してさ、
  歌いたくないときには歌わなくたっていい、そんな生活できたら
  幸せなんだろうな、とか
  思っちまうから、帰れないけど
  
  会いたいな。
  会いたいなあ…。
  

じゃあまた
おやすみ
体には
気をつけて

  
  当たり障りのない会話をして電話を切ったって
  ぬるい未練が断ち切れるわけもなくて
  音のなくなった狭っ苦しい部屋に転がって丸まって
  コンビニに行く気力もなくて天井を見てた。
  
  頭の中に浮かんできた適当な歌詞にメロディつけて、
  呟くように歌ってた。
  

どうか あなたが 幸せでありますように
どうか 明日は 幸せでありますように
どうか あなたが 幸せでありますように
どうか 明日は 幸せでありますように

  
  雨の中で泣いていた子のことを思い出して歌ってた。
  あんな風に自分も泣いてるのかもしれないと思って歌ってた。
  懐かしい人の顔を思い出して歌ってた。
  気がついたら両目からボロボロ涙がこぼれてた。
  
  あの子もあの人も自分も誰も彼も幸せでありますように。
  どうか明日は幸せでありますように。